スノオヒト

自分の≪好き≫を大切に。自分の≪素材≫を大切に。

.. 【相対評価(ひとの目)を気にするクセ】 ..

 

 

私には【ひとの目を気にするクセ】がついている。

そのことに、今日気付いてハッとさせられた。

しかも、そんなことに32歳の今頃気づくって…

ずいぶん長いこと無意識でやってたんだー、、、コワイ。

 

 

会いたい人がいて

でも今月は忙しいって聞いたから

会いたいって言うのもなぁ…

相手は連絡がマメなタイプじゃないから

そういうの匂わすLINE入れるのもなぁ…なんてここ数日思っていて

 

抱えきれず相談役に「会いたいって言えないしー」みたいなことを相談。

相談役

「忙しいから会えないのはともかく、

連絡くらいするのが思ってくれてる相手だと思う。

好きってそういうことじゃない?」

 

そしてここポイント!!

◆今までの私なら…

「そうだよねぇ。LINEくらいもうちょっと話してくれてもいいのにね。

あーあ、寂しいなぁ。なんでもうちょっと気にかけてくれないんだろーetc」

 

◆今日の私

「私に賛同してくれてるのかもしれないけど

私の価値をさげるような言葉だなぁ。

連絡なんて人それぞれのペースがあるし…好きの形だって人それぞれでしょ。」

※相談しといてヒドイw

 

 

そこでふと思う。

そうだ、これは相談役の感じ方。私の感じ方じゃない。

じゃぁ、私はどう感じる?

私はどうありたいの?

 

 

そして気づく!!!!

【自分はどうありたいか】が大事なのに、

どうして私は聞いたんだろう?

(※聞くことが必ずしも悪いことではないことは添えておく)

 

あぁ、私は人ならどう思うかを気にした。

 

私の要求はシンプルで、ただ会いたいだけ、

 

なのに、こういうケースで会いたいとか言ったら迷惑なのか、

我慢すべきなのか、みんなならどうするんだろうって気にしただけ、

正解なんてないのに、より正解に近いものを選ぼうとした。

 

 

『私には相対評価(ひとの目)を気にするクセ】が間違いなくある』

そして今このブログを書きながらまた気づいた。

そのクセと同時に、

私の【正解を探すクセ】もまた、この出来事に登場してる、と。

 

 

ちなみにそのクセは

相対評価と正解に溢れた受験勉強と進学校生活≫に起因している気がするけども、

その話はまた今度☆

※ちなみに受験勉強と進学校を悪者にしているわけではないのであしからず。

自分の教える教科に愛を持ったいい先生にもたくさん出会ったんですよー。