スノオヒト

自分の≪好き≫を大切に。自分の≪素材≫を大切に。

..私とあなたの生きたい世界が違うなら、無理して交わらなくていい..

 

 

つい先日、ずーっと付き合っていた人とお別れする決断をしました。

 

 

限りなく自分でありたい。

自分を愛する。

自分を大切にする。

欲しいものを間違わない。etc...

 

 

キーワードはいろいろあるけれど、

一緒に過ごしながらずーっと自問自答していた。

『この人といる時のような世界を、自分は生きたいのか?』

 

 

 resuno-ohito.hatenablog.jp

 

 

私は人生において、《自分らしくいられる瞬間》がたくさん欲しい。

※ちなみに、自分らしさが何かという問いはあまり意味がない。

自分が自分らしくいられているなぁと感じればそれでいいので。

 

 

この人といる時は《自分らしくいられる瞬間》というのが少ない。

相手の気難しい部分に触れないようにどこか過ごしている。

そんな違和感を感じながらも、

好きという気持ち、

まだ一緒にいたいというような気持ちが勝って、

関係を続けてきました。

 

 

『ええい、どうにでもなれー!!』と、

ただ自分の《より純度の高い、より素直な思い》を表現するだけの

いわゆる《崖ドン》的なことをしたこともありながら、

決定的に別れるまでは至りませんでした。

 

 

それがつい先日、

何回も自問自答した冒頭の問い、

『この人といる時のような世界を、自分は生きたいのか?』

これにはっきり自分の中でNoが出る瞬間がありました。

 

 

『今日だ!今日。今、この瞬間。今しかない!』

そう思って、もらっていた鍵も返して、

もう会わない覚悟で出てきました。

 

 

まさか自分がこのタイミングで決断するとは…。

自分でもびっくり。

だってそもそもこの時会いに行ったのも、

お昼にした喧嘩を仲直りする気で行ったんだからw

 

 

この日も、この日までも、話はたくさんしたと思う。

彼にもたくさん言い分はある。

私にもたくさん言い分はある。

 

 

それは両方、どれもこれもそれぞれの愛の形。

 

 
resuno-ohito.hatenablog.com

 

 

ただその二つは、

恋愛関係という中では、共存は難しい。

今そう思っています。

 

 

私自身大好きになった人。

波乱万丈で色々ありすぎたけど、

私が体験してみたくて仕方なかったことを初めて体験させてくれた人。

今も大好き。

 

 

でも、私にはきっと、それ以上に《人生において欲しい感覚》がある。

彼との関係にこだわっているとそれが手に入らない。

私と彼のそれぞれの愛の形は、

私の欲しい感覚の前では相容れない。

今はただそう感じます。

 

 

どちらが正解なんてことはない。

どちらの生きたい世界、愛の形も正解なんだ。

ただそれが決定的なところで違うなら、

無理してその二つを融合させなくてもいい。

無理して交わらなくてもいい。

 

 

合わないからさようなら、というような冷たいニュアンスではなく、

それぞれの生きたい世界、それぞれの愛の形を選べるように、

お互いの持つものを尊重した、究極の愛なんだと思う。

 

 

関係を継続させることが目的なんじゃない。

生きている限り、自分が自分として生きることが目的。

あなたがあなたとして生きられる選択をこれからもして欲しいと思うし

私もそうありたいと思う。