スノオヒト

自分の≪好き≫を大切に。自分の≪素材≫を大切に。

..『○○なんて大嫌い!!』、本当はそう思ってるくせに、違う感情に置きかえるな。一番醜いのは、思ってないふりしていい子ぶる自分自身じゃないか..

 

 

突然ですが、私には今悩みの種になり心乱される人がいますw

そしてその人のことをある人にFBメッセージで相談していて、

とうとう私は先日、「あー、もう大嫌い!!」って打ちました。

 

 

流れの中で考えることなく出た言葉だったんだけど、

打った瞬間、、、

『ちょっと…ちょっと…ちょっと!!!!!!』と…

 

 

自分の表情が明るくなってくのがわかった。

目の前もなんだかキラキラ☆☆

「○○なんて大嫌い!!!!」なんて、

ここ数年…いや10年、15年??

とにかく、

≪誰かを嫌う≫という感情を素直にそのまま出したこと、

あっただろうか??

 

 

本当は嫌いで嫌いで仕方ないくせに、

いつもなにか違う感情にすりかえて自分をごまかしていたと思う。

『まぁ、悪いひとじゃないし』とか?

『あの人にも事情があるし』とか?

『あの人もこういうわけでこうだったんだろう』とか?

 

 

その下には、『だからわかってあげなきゃ』みたいな上から目線が潜んでる。

嫌いという感情を隠して、

物わかりのいいふりしていい子ぶる自分自身がいる。

 

 

ちょっとちょっと、醜いのはどっちさW

 

 

間違いなく、目の前にいる相手じゃなくて、そんな自分自身じゃないか。

 

 

嫌いは嫌いでいいんだ。

その感情を別のものに置き換える必要はない。

※だからって「嫌い」って本人にぶつけたり、周りに言いまくるのはまた話が別w

 

 

好きがあれば嫌いがあるのは当たり前。

なんでも相反するものはあって当たり前。

以前にも仕事で習う機会があった、

世の中には≪相対の法則≫なるものがあるのだ。

都合のいいほう片方だけで存在はできない。

 

 

思えば私は対ひとだけでなく、対物事に対してもそうだった。

家事があまり好きではない自分をいけないと思い続けていたし

なんとか好きにならなきゃみたいな感情がずっとあった。

 

 

≪嫌い≫という負の感情を何事につけ無理やり消そうとするから…

そんな自然の法則に反したことを長年しようとしたから、

きっと私はバランスを崩したんだw

 

 

『あー、大嫌い!!』

その感情を何も無理やりではなく、

ごく自然にそのまま素直に自分自身が汲み取れたこと、

私にとっては本当に本当に画期的。

 

 

葛藤と停滞の日々で自分に向き合った甲斐があったなぁと思うw

 

 

『あー、大嫌い!!』

そう思ってしまったら、

その瞬間からその感情がなんか浄化されたみたいになって、

今までもやもや悩みの種だの心乱されるだの思ってたことが

嘘みたいにどっかに消えちゃった。