スノオヒト

自分の≪好き≫を大切に。自分の≪素材≫を大切に。

..あんまり正解にとらわれると動けなくなります..

 

 

正解にとらわれたり間違うことを極端に恐れると

かえって動けなくなるなぁと思うのです。

 

 

そんなことを、友達や子供と話す中で

2日連続思いました。

 

 

例えば子供の場合なら、学校とか。

手を挙げて間違うのが嫌だなぁ、

宿題のプリントを提出した後×がつくのが嫌だなぁとか。

 

 

例えばシングルマザーなら、

この仕事っていう選択肢でお金の苦労なく育てられるのか、とか。

 

 

そりゃみんなできるなら何事も失敗せず、スムーズに進んでいきたいはず。

 

 

ただ失敗を恐れるあまり、あまりにも手堅く手堅くと考えると

かえって自分自身が硬くなり、

のびのびと本来の力を発揮できなくなると思うのです。

(※無茶、無謀を選択しろというわけではないですw)

 

 

近くばかりにとらわれて遠くが見れなくなってもだめだし

遠くばっかり見て近くをおろそかにしてもだめだし

 

 

2+5=7みたいに答えが1つの場合もあれば

「この朝顔を見てどう思う?」みたいな問いなら

答えが1つじゃない場合もあるわけで。

 

 

そういえば最近何でも裏表、対極にある両方が存在して

そのバランスが大事だなぁと思うことも多い。

 

 

books.rakuten.co.jp

 

 

そんな中この本をたまたま読んで

「あ、羽生さんはその両方の大事さを知っていて、

そのバランス感覚がとてもいいのだなぁ」と思いました。

(それは今回話がそれるのでまた別の機会にでも。)

 

 

失敗しない正解を一発目からつかめたらそれはそれでいいのかもしれないけど

それを一発目からつかもうつかもうとしてしまうと

とれる選択肢に柔軟性もなくなって

すると正解をつかもうとしてるはずなのに

可能性も狭まって

結果つかみたい正解からますます遠ざかるんじゃないかなぁと。

 

 

なんでもいいからやってみよう、

間違ってもいいからやってみよう、

聞いたことがない人はいないような聞きなれた言葉だけど

その意味はただ言葉を聞いて浮かべるイメージよりも

もっともっと実際は深いような気がする最近です。

 

 

ちなみに私のことで言うと

例えば月30万稼ぎたかったとして

30万を1つの仕事で稼ぐのか

10万×3つの仕事でいくのかみたいな。

 

 

昔は30万×1派だったと思うんですよねー。

でも実は10万×3のほうが私には向いてる気がするんですよね。

 

 

ただ、個人差はあるでしょうけど

世間的な一般論レベルだと

そこに関する正解は30万×1を思い浮かべる人のほうが多いかと。

 

 

で、多数決的にそっちのほうが多いからって

それを勝手に正解だと思い込んで

自分的視点を忘れて30万×1を掴もうとすると

なかなか動ける選択肢が狭まって難しいと思うんですよね。

(もちろん自分的視点だけに寄りすぎてもだめなんだけど)

 

 

ちなみに3をしんどいと感じるか感じないか、も人によって違って。

一般的にはイメージだけだと3をしんどいと感じる人が多いのかも?

私の場合は1か所にはりつきのほうがしんどいです。

 

 

何か1つを突き詰めるのも大事だし

それが正解みたいな空気って世間的にはあるけど

私は3つそれぞれで学んだことを残り2つにいかすのが

今現在は自分に合っている気がする。

 

 

10万×3が30万×1にいつかなるかもしれないし

30万×1もいつか10万×3になるかもしれないし。

 

 

やりたいこと、やってみたらいいんじゃないですか、と。

で、やりながら微調整かけていくのがいいんじゃないかと。

やりたいことやってたって先はわからないし

やりたくないことやってたって先はわからないし。

 

 

コントロールできる部分とコントロールできない部分ってあるし。

 

 

その時の流れみたいなのもあるし。

 

 

得手不得手は人それぞれ違うから

あまり正解探しにとらわれすぎることなく

自分の持てる力をのびのび発揮できる方法でいきましょう。

 

 

そして誰かを育てるみたいな立場にいる人なら

押し付けることなく

その人の持てる力をのびのび発揮してもらうには

どうしたらいいかって考えるといいのかもしれませんなー。

 

 

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自分自身の正解を探すくせみたいなのについて書いた記事が

あった気がしてリンク貼りたかったんですが、

見つけられませんでしたw